壁が仕掛ける誘いのかたち

ピックアップ

AruKas アルカスホール

設計コンセプト

京阪寝屋川市駅から東にのびる計画道路とその北側の約5,100㎡の街区を分割し4つの施設を配置した再開発事業です。その施設のひとつが寝屋川市立地域交流センター「アルカスホール」です。街区の中の市民活動の拠点として、にぎわいのあるまちづくりを担う中心施設と位置づけられています。約350席のホールを中心に、スタジオや会議室、ギャラリー機能を含み、市民が集い・交流する機能をもちます。当初音楽専用ホールとして検討されましたが、後に市民のさまざまな要望に応えるかたちで、多目的ホールとしての機能を有することになりました。ホールの性格上開口のない壁面で内部を囲う形態が、教育文化施設の北側にやや隠れるように姿を見せます。建物の4周を巡る壁面コーナー部の隙間から顔を見せる形状はエントランスに人々を迎える庇となるよう壁面を緩やかに伸ばした結果です。外側を構成する開口のない壁面は、特殊形状の複雑な凹凸を打放しコンクリート仕上げに与え、力強さの中にひだのある表情をつくっています。エントランスに覗かせる緩やかな曲面壁は白い特殊形状のタイルが貼られ、ランダムに開けられた三角形の大小の開口がファンタジックな様相を見せます。三角の開口はホールが森のイメージであることを暗示し、緩やかな曲面壁は、階段の踊場の窓からの景色やホワイエの吹抜けの空間をつくりだし、ホールの中で演目を鑑賞するという非日常の出来事への期待感を高める仕掛けとなっています。

建物概要

発注者 寝屋川市駅東地区再開発株式会社
所在地 大阪府寝屋川市
用 途 地域交流センター
構造・階数 鉄筋コンクリート造 / 鉄骨造・4F/B1F
延床面積 3,369 ㎡
竣工年 2011年
備 考 撮影:(株)エスエス大阪
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一続きのストーリーを構成

各ステップごとのシーン
計画にあたり、駅からホールに至るまでのアプローチの各ステップごとにシーンを設定し、一続きのストーリーを構成することを意図しています。
STEP1: 発見
近づくにつれ、木々の間に見え隠れする特徴的なファサード
STEP2: 期待
曲面壁に沿って階段をのぼりながら非日常への期待を高める
STEP3: 昂揚
吹抜空間の中で次に始まる出来事に心を昂揚させる
STEP4: 感動
日常から切り離され、奏でられる音楽に包まれる

ホール計画 -まちにホールを挿入する-

ホールのインテリアは、市が掲げる「文化と歴史の香り漂う水と緑のまち」から森の「緑」、川の「流れ」、そこに降り注ぐ「光」をモチーフとしました。垂直方向の化粧リブは森の木立を表現し、その間の璧の凹凸によってつ くられる陰影は木々を渡る風や水の流れ・奏でられる音楽をイメージしています。間接照明による上からの光は木々の間から降り注ぐ木漏れ陽を意図したものです。 ホールは音楽生演奏を主体とし、その他さまざまな目的に市民が利用することができます。約350席のホールとしては大きめの舞台を備えており、コンサートモードで2管編成のオーケストラが演奏できる広さを確保しています。また豊かな響きを得るために天井を高く設定し、一人当たりの気積は約13.2m³/席を確保しました。演劇モードでは、可動式の側面・天井反射板を格納しプロセニアムを幕で構成されています。
舞台機構やスクリーン・ビデオプロジ工クター、残響可変幕などによって、演劇・舞踏・和物等の公演だけでなく映写会や講演会などさまざまな催しを行うことができます。プロが行う本格的な催しに対応できる設備を備える一方、約350席という規模は市民が気軽に文化活動に利用できる使い勝手のよい大きさだろうと思います。2階席構成とすることで最後部の客席から舞台先端までの距離を小さくし、舞台と客席との親密性が高いホール空間 が得られています。
寝屋川市駅から街区への導入部にまちかど広場が計画されて、その中央部は築山状に土を盛って、しだれ桜がシンボルツリーとして植えられます。地域交流センターが市民公募によって〝AruKas″と名付けられたのは、市の木である桜(SAKURA)に因んでのことです。
ホール

ものづくりの精度

建物に求められる要件はさまざまであり、設計という行為はそれをひとつひとつ紐解き組み直し「解」としてつくりあげていく行為でもあります。建築設計において「解」はひとつではなく、そこに関わる人たちの組み合わせによって幾通りもあります。建物のデザインの課程には、多くの可能性の中からひとつの答えを意志をもって選ぶ段階と、その「解」を覚悟をもって純化し強化していく段階があります。選んだ「解」をより強固なものとしていく課程で必要とされるのは「ものづくりの精度」であろうと思います。多くの人のさまざまな知恵と技術がよりあつまって、ひとつのアイディアであったものがカタチとしてできあがる。それぞれの段階における「ものづくりの精度」が、そのカタチにより強い個性を与える。そういう意味において、このプロジェクトは恵まれていました。設計の段階において精度を上げることに集中することが許され、現場においてはさまざまな技術を持った人たちによってさらにその精度を高められる環境が与えられました。 約350席というホールの規模は市民が気軽に文化活動に利用できる使い勝手のよい大きさであり、再開発という制度でつくられた施設としてはけして大きくはありません。
コンパクトな建物ですが、その中に精一杯の機能を詰め込みながらシンプルなカタチとして実現させるために、外部・内部のどの部分をとっても高い精度を求められる気の抜けないものづくりの現場となりました。エントランスに浮かぶ曲面の壁はそれぞれの面が異なる半径の球体の一部であり、そこにランダムにあく三角形の窓はそれぞれのつく位置によって微妙に角度が違い、ひとつとして同じ形はありません。四周を囲う特殊面状の打放しコンクリートの壁は、耐震スリットの目地を消そうとするアイディアから始まったものですが、必要な箇所に目地をとりながらも全体を均一に見せるためにランダムに化粧目地を織り交ぜ、その型枠は繰り返しがほとんどない複雑な割付けとなりました。ホール内の化粧リブも1本1本の形状は異なり、その間の壁の凹凸のずれが陰影に流れを生みだし、壁全体として木立を渡る風や水の流れ・奏でられる音楽を表現しています。
複雑な部分の集合によりひとつのシンプルなカタチをつくり出すために、ひとつひとつ丁寧に積み上げていきます。その目に見えない苦労が「ものづくりの精度」として建物の個性をより確実なものにし、存在としての力強さを与えてくれるのではないでしょうか。