清林文庫Seirin Bunko
東畑謙三が蒐集した世界有数の稀覯本コレクション
東畑謙三は、技術研鑽に役立てるために、世界各地の建築、絵画、彫刻、考古学等の文献や古地図などを数多く蒐集し、これを「清林文庫」と名づけました。15,000冊にのぼる蔵書の中には西欧、中国、日本などの芸術文化に関する稀覯本も多く含まれます。ここではコレクションの中から東畑謙三が厳選した建築関連の稀覯本の一部をご紹介します。
「清林文庫」展で稀覯本を一般公開
2007年11月には、7日間にわたり兵庫県西宮市にある武庫川女子大学「甲子園会館(旧甲子園ホテル)」様のご厚意を得まして、1階ロビーにて「清林文庫」展を開催し、地域住民や学生の皆様に初の一般公開をしました。
会期中には750名を超える皆様に「清林文庫」ご覧いただき、稀覯本そのものの存在にはじまり、装丁や精密な図面、色彩の美しさ等に賞賛の声を数多くいただきました。
10年ぶりに「清林文庫」展を開催
2017年10月28日~29日の2日間にわたり開催されました「イケフェス大阪2017(生きた建築ミュージアムフェスティバル大阪2017)」のプログラムとして、本社(新高麗橋ビル)におきまして10年ぶりに「清林文庫」展を開催しました。
ナポレオンー世(1769-1821)は1798年のエジプト遠征に際し、フランス学士院に協力を求め、175名からなる芸術家、考古学者、科学者、技術者等の学術調査団を同行し、その調査結果をパリ国立印刷所より発行しました。それが「エジプト誌」で、ナポレオンの文化的遺業のひとつといわれています。内容は大別すると『古代遺物』『現況』『博物』『地図』とに分かれ、若干の彩色図版も含む超大判図版のすばらしさは、まさに驚くべきものがあります。この「エジプト誌」が発端となり、ビラミッドやスフィンクス、神殿などの研究が発展し、本書に収められた「ロゼッタ石」により、不解文字とされていた古代エジプト文字が、後年シャンポリオンらにより解読できるようになりました。
ヴィトルヴィウスは、ローマ時代の建築家・建築理論家です。「建築十書」は、完全な形で現存する唯一の古代建築理論の著作で、ルネッサンス期の建築家にとっては、もっとも影響力を有する重要な書物でありました。初めての版本は1486年にローマで出されたラテン語版でありましたが、すぐに進歩的建築家必携の書となりました。このコモ版は、ヴィトルヴィウスの著作の最初の近代語版となった(イタリア語訳)として、その後様々な版、様々な言語への翻訳の足がかりとなりました。コモ版は、ミラノ大聖堂の堂の平面図、立面図の2枚の古典時代後の中世ゴシック建築の図面を載せた最初の西洋古典建築に関する書であり、当時の料学技術の百科全書的役割を果たしたのみならず、天文学、幾可学等への指針も含むところから、ヴィトルヴィウスの科学史上の功績を高く認めさせるものとなりました。
ルネッサンス期の多くの建築家のうちもっとも影響力のあった一人、パラーディオ(1508-80)は、ヴィチェンツァのラ・ロトンダとして知られるヴィラ・カプラや、ヴェネチアのイル・レデントーレ教会などの多くの美しい建物を設計・建築しました。挿絵の豊富に入った本書の中で、パラーディオは、自身の建築理論やデザインが古典様式に由来すると述べていますが、本書によりパラーディオ様式と呼ばれる独自のスタイルを確立することとなりました。レオーニによって翻訳されたこの英語版は、イニゴ・ジョーンズによる多数の注釈のついた決定版で、パラーディオ様式を世界的に影響せしめる原動力となりました。
スカモッツィ(1552-1616)はイタリアのルネッサンス後期の建築家です。サンソヴィーノの弟子で、パラーディオの影響を受け、主としてヴェネチア、ヴイチェンツアで制作活動をし、代表的作品にはザルツブルクの聖堂(1606-07)、1614年のプラーハ市の城門、ヴィチェンツア、サン・ラッツアロ聖堂、ムーティ宮(ローマ)、ストロッツィ宮(フィレンツェ)等があります。彼は建築理論も著わしていますが、本書はその代表作です。